この「路」を守り抜く 誇り高き軌道工

2020年7月某日の深夜。まちが寝静まった時間に、花巻市の豊沢川にかかる橋の上には明かりがともり、そこにはたくさんの作業員の姿がありました。この橋はJR東北本線(盛岡〜一ノ関間)の鉄道橋。全ての電車が走り終えた後、彼らの仕事は始まります。

普段、私たちが触れることのない世界がそこにはありました。

「右よし!左よし!前よし!立ち入りよし!」

作業開始の合図とともに、全員が声を合わせ安全確認をした後、線路の中へ。あらかじめ準備しておいた道具や材料を使って、手際よく作業に取り掛かります。

この日行われていたのは、橋マクラギ交換。橋にかかる線路を支える枕木を機械で交換する作業です。7月下旬〜8月上旬にかけて交換する枕木の数はおよそ330本。そのうち1日に交換できるのは、25本ほどです。

高所で1本80kg程度ある枕木を電車が走らない限られた時間の中で取り換えていく、速さと正確さが求められる仕事です。

そうした作業を日々続けながら、たくさんの人の足となる鉄道の土台を支える。そんなミッションを持って、線路保守に取り組む会社が岩手県北上市にあります。

株式会社第一鉄道。

県南部を中心に、線路のメンテナンスや土木工事などを行う「保線」と呼ばれる仕事を行っている企業です。

鉄道を支える「保線」という仕事

1976年、神奈川県川崎市で設立され、軌道工事に特化した建設会社として事業を展開した第一鉄道(当時の社名は、有限会社第一軌道開発)。設立当時は山形・秋田・八戸新幹線の新設工事など、東北地方の軌道工事に長く携わってきました。

本格的に岩手や東北地方に拠点を設けたのは、2000年のこと。東北新幹線の盛岡〜八戸間の開通に向け、青森県八戸市に事務所を開設したのがきっかけでした。

「父親に会社を手伝うように言われるがまま(笑)、2001年に経理担当として八戸の事務所に赴任しました。私の第一鉄道での仕事は、そこから始まりましたね」と話すのは、代表取締役を務める中村 美由樹さん。父親で、会社の創設者でもある中村 英壽さんから、6年前に現職を引き継ぎました。

現在はJR東日本グループのユニオン建設株式会社の協力会社としての業務を行っています。

社員は通常22時~24時ごろに事務所へ出勤し、軌道工事管理者を中心に作業内容や注意点の確認などの打ち合わせを行った後、作業現場へ移動。最終電車が通過したのを確認後、作業を開始し、始発電車が走る前に作業を終えて帰社する、というのが基本の勤務形態です。

そうした不規則な勤務時間や3Kの職種というイメージなどを理由に保線業界は昨今、人員の確保が難しいと言われています。しかし、この仕事ならではの魅力やさまざまな人が活躍できる環境がある、と第一鉄道の皆さんは語ります。

安全に、高品質に
仕事への自負

電車が走らない深夜から早朝にかけて仕事をする第一鉄道。縁の下の力持ち的存在として働く社員の皆さんは、どのような思いでこの仕事に取り組んでいるのでしょうか。

まず、お話を伺ったのは入社3年目の多田 浩さん。多田さんは、大学進学を機に岩手を離れた後、28歳でUターン。全く分野の異なる営業の仕事をしながら、趣味で続けていた剣道を子供たちに教え、充実した生活を送っていた42歳の頃、「この仕事をこのまま続けていていいのか。もっと自分を生かせる仕事がないか」と転職を考えるようになったといいます。そこで、「夜勤も面白そう」「体づくりにもつながり一石二鳥では」という気持ちから第一鉄道に入社しました。

冒頭で紹介した作業では、橋マクラギ交換機のオペレーターを務める多田さん。橋マクラギ交換機は、重労働を軽減するための機械化への一環として、一昨年ユニオン建設が導入した機械。多田さんが社内で最も経験豊富なオペレーターです。そうした自身の仕事を振り返りながら、

「私は、日々正常に動いている電車やダイヤ、電車を利用する人たちが普通に移動できている様子を見ると、自分が役に立っている、支えている、という実感を持ちます。ある日、小学生の息子に『この線路ってお父さんが直してるの?』と聞かれ、『そうだよ』と答えると、『ありがとう』って言われたんです。そんなことを言ってもらえるなんて、うれしかったですね」と語ります。

今年3月に入社したばかりの菊地 恒平さんは、関東の同業他社で7年働いた後、2017年に実家のある盛岡市にUターン。しばらく実家の飲食店を手伝っていたものの、軌道の仕事の醍醐味(だいごみ)が忘れられなかったことと橋マクラギ交換機を操縦したいとの思いから第一鉄道で働き始めたといいます。

「手応えのない日々でうつうつとしていた時に出会ったのが軌道の仕事でした。そこで初めて、人から認めてもらえる、責任のあることを任せてもらえる喜びや充実感を経験した思い入れのある仕事なんです」

また、この仕事ならではの利点もあると話すのは、機械施工を担当する梶川 優さん。

「作業を行うのは深夜ですが、勤務時間が短く、残業が少ないのでプライベートに時間を使えることも、この仕事の良さだと感じています。息子が生まれたので、一緒にいる時間を長く取れることもうれしいです。毎日子供をお風呂に入れるのが楽しみになっています(笑)」

梶川さんは高校卒業後すぐに入社し、今年で15年目。

「最初の1~2年は仕事が大変で辞めたくなることもありましたが、先輩方の励ましや支えがあったからこそ、今も続けられています」と話します。

仕事の苦労や大変さについては、「現場では時間も限られていて、少しのミスも許されない作業ばかり。その中では、もちろん厳しいことを言う人もいます。速さが求められる中で安全に作業を行うためには、どうしても厳しくなってしまうんです」と多田さん。

一方で「会社に戻ってきたらしこりを残さないようコミュニケーションを取る人が多いです。普段は皆、優しいんですよ(笑)」と話します。

安全を第一に、社員同士が互いに協力して作業を行っていく。多くの人の移動の足を支えているという自負が働きがいになっているようです。

力強さと繊細さ
最後はミリ単位

工種が数百種類にも及ぶ軌道工事。作業の中には重い物を扱う体力仕事も多く含まれていますが、大切なのは力だけではありません。

多田さんは「体力を必要とする仕事もあるが、それ以上に求められるのはコミュニケーションと繊細さ。首尾よく作業を終わらせる場面では、皆で声を掛け合い、効率的に作業を行う必要がある。最後はミリ単位の世界で調整と仕上げをするので、気が抜けません」と話します。

そうした仕事の特徴から、「あえて言えば、何でも疑問に思う人が伸びると思います。考えないと、ただの作業になってしまう。常に思考を巡らせながら、一挙手一投足に気を配る必要があります。なので心配性とか、慎重さがある人が向いてる仕事なのかもしれません(笑)」と菊地さん。

続けて「そもそも初めは全員未経験。老若男女問わず、どんな人でも働ける可能性がある」と話します。

仕事を覚えようとする姿勢があれば、多くの人に門戸が開かれている、というのが2人の共通認識。年々従事者が高齢化する中、同社では高い技術を持つ社員のノウハウや知見を引き継いでいきたいと考えていますが、一方で時代のニーズに合った新しいツールも積極的に取り入れていきたいと中村さんは話します。

「昼夜問わず、みんなよく働く人たちです。感謝しかありません」と、真剣に仕事に取り組む社員たちに厚い信頼を寄せる中村さん。

仕事において最も重要な安全を実現するには、「和」が大切であると先代の社長は常々語られていたそうです。20代~60代まで年代の異なる、さまざまなバックグラウンドを持つ社員がいる第一鉄道では、時には社員同士でバーベキューを楽しむなど、風通しの良い関係を築いているようです。

誰にでも開かれた、保線という仕事の門戸。今の働き方を変えたい、人々を運ぶ線路を守りたいという方は、第一鉄道が新しい世界を見せてくれるはずです。

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