
食はいのちの源 厨房から健康を支える人たち
「治療食」「介護食」と聞いて、皆さんはどんな食事を思い浮かべますか?
超高齢社会を迎え、社会保障費の増大や介護職員不足などの問題が取り沙汰されますが、医療や介護現場の「食」に焦点が当たることはあまり多くないかもしれません。
しかしながら、病院や介護施設で過ごす高齢者にとって、毎日の食事は重要なもの。健康状態を保つ・改善するのはもちろんのこと、かんだり飲み込んだりする力が弱くなっても安心して食べられることは生きる喜びにつながります。そういった食事を提供しているのが、給食受託会社「日清医療食品」。
業務受託という性格上、社名が表に出ることはありませんが、岩手、青森、秋田の3県をエリアとする北東北支店では、約300カ所の病院や福祉施設で食事サービスを提供しています。1日当たりの提供数は実に5万5千食。どのような思いで働いているのか、岩手県南エリアの方たちに話を聞きました。

「食べる楽しみ」を提供したい
「栄養士を目指すようになったきっかけは母の病気でした。治療食に興味があったので、やりたいことができるかなと思いました」と話す佐々木直美さん。
修紅短大で栄養学を学び、現場の経験を積んで管理栄養士資格を取得しました。入社以来、一関市の介護老人保健施設さいきに勤務し、今はチーフを任されています。介護のみならずリハビリや医療ケアなどを行う老健には、いろいろな状態の方が入所しています。提供する食事は朝夕が80~85食ほど。通所者がいる昼は100食ほどになります。佐々木さんは施設のスタッフと一緒に一人ひとりに合わせたメニューを考え、調理の指導も行っています。

施設では、季節ごとのイベント食や好きなものを選択できるセレクト食などの取り組みを積極的に行っているとのこと。小野寺利浩施設長は「厨房(ちゅうぼう)で働く皆さんが利用者さんのことを考え、一生懸命やってくれるので助かっている」と信頼を寄せます。
訪問した日はデイサービスの新年会があり、昼食に弁当が用意されていました。天ぷら、ちらしずしをメインに、黒豆、栗きんとん、鶏の野菜煮、ニシン昆布を加えた6品。佐々木さんはスタッフと作業を分担し、手際よく盛り付けていました。

チーフとして5年目、「職場の皆さんに支えられている」と感謝する佐々木さん。「これからも一食一食を大切に、おいしい食事を作っていきたい」と話します。
奥州市の特別養護老人ホームで働く久保田由佳さんは水沢農業高校を卒業後、調理員として入社し、調理師資格を取得しました。最初は「味が濃い」「硬い」などと言われたこともあるのだとか。失敗を糧に、「次はもっとおいしくできるように」と取り組んできました。
「利用者さんが食べ終わったトレーに『おいしかったよ』とメッセージを置いてくれることがあるんです。そういうときは、休憩室に貼ってみんなで見ています」とほほ笑む久保田さん。利用者が喜んでくれるのが何よりうれしく、やりがいを感じるそうです。
また、久保田さんは現在育休中で、2児の母でもあります。体調を崩しやすい小さな子供を育てながら働くことに不安はないのでしょうか。
「確かに大変ではありますが、職場の人がサポートしてくれるので助かっています。子供が熱を出して休んだときも『もう1日休んだら?』と気遣ってもらえるくらい。女性が働きやすいと思います」と話します。
女性社員が8割を占める中で、働く人たちを大切にするのが日清医療食品のスタンス。社員登用やキャリアアップの仕組みとともに、子育て中の人をサポートする職場環境があります。
支え、支えられ成長
岩手県内では約110カ所、県南エリアに限ると約50カ所の業務を受託しています。事業所のチーフを指導・育成する立場にあるのが、栄養士インストラクターの佐々木明花さん。主に花巻市内を担当しています。
チーフとして働いてきた経験を踏まえ、「若い栄養士に、できるだけ楽しく、気持ちよく仕事をしてもらえる環境をつくりたいと思っています」と佐々木さん。メニュー作成の助言に加え、現場の調理師やパート社員ともコミュニケーションを取ることを心掛けているといいます。
「栄養士の仕事は献立を考えることだと思っている人は多いと思います。確かにそれも大事ですが、チーフになれば衛生面や食材費のコントロール、スタッフの管理や事業所の運営など、業務は多岐にわたります」
さまざまな業務をこなすことが性に合っていたという佐々木さんは、後輩たちのよき相談相手。「指導役としてはまだまだ」と語りますが、悩みに寄り添いながら一緒に成長していきたいと考えています。
「最後になるかも」の覚悟で
高齢になると食べ慣れた味でないと食べられないという方も多く、食事サービスを提供する上では、郷土料理など地域の食を知ることが大事になります。
調理師インストラクターの高橋久さんはホテル業界から転職し、入社16年になるベテランですが、青森県内の施設で赤飯を作った際、「何で甘くないの?」と言われた苦い経験があるそうです。
「福祉の現場で働いていて思うのは、レストランやホテルに来てくれたお客さまに出す料理と、利用者が1日3回決まった時間に取る食事は全く違うということ。だからこそ、『こんなもんでしょ』ではいけないなと思います。やっぱりおいしく食べてもらいたいですから」
中途入社して間もない頃、当時働いていた特別養護老人ホームにいつも通り出勤すると、入所者の方が亡くなったという知らせが。「衝撃を受けましたね。夕べが最後だったんだ、と…」。以来、「高齢の方にはこれが最後の食事になるかもしれない」という思いで料理を作っているといいます。
今は新規事業所の立ち上げ支援が主な任務。人員配置や作業工程などをゼロから構築することにやりがいを感じているそうです。施設のイベントを手伝うことも多く、先日は花巻市の「シリウスケアセンターすわ」に出向き、すしを握りました。
これからの目標は「次の世代を育てること」。会社を担っていく若いスタッフに、培った経験を伝えていきたいと話します。
チームいわての結束を力に
「医療や福祉における食は命に関わることです。ただおいしい、楽しい食事とは違う分、スタッフは緊張感を持って業務に当たっています。年間1日も休まず、災害時も欠かさず食事を提供する使命があります。だからこそ仕事の悩みを共有でき、互いに高め合える仲間がたくさんいるのはいいことだと思います」
そう話すのは、北東北支店キャリア開発課の濱谷朋子さん。管理栄養士として長年の現場経験があり、現在は採用を担当しています。
スタッフ間の連携に役立っているのがチーフ会議。県南エリアでは月1回集まり、運営上の報告や研修、衛生管理の情報共有などを行っています。新人研修も充実しており、栄養士、調理師の各コースでスキル向上を後押ししています。
北東北支店では現在、食事サービスの現場を支える人材を広く募っています。専門の知識や経験にかかわらず、食への興味・関心がある人を歓迎しており、県内の高校や特別支援学校などで説明会を進めています。
「医療や福祉は生活圏内のことで、生まれてから成人、老年期と誰もが関わりのあること。自分の生まれた地域で働くことは地域貢献でもありますよね」と濱谷さん。岩手県南エリアを含め、働く場所は豊富にあり、U・Iターン希望者の受け皿にもなりたいと考えています。
「チームいわて」としてスタッフの力を結集し、医療・福祉の現場で一人ひとりの健康を食から支えている皆さん。「おいしかった」の一言を喜びに、きょうも温かい食事が提供されています。